第5章 それぞれの
「帰ろ。紅葉…心配、してる」
潑春が手を差し出すと、片方の手を由希と繋いだままひまりはその手を取って鼻を啜り上げた。
「…ひまり、顔汚い」
いつもの無表情で貶す潑春にひまりは濡れた瞳のまま睨むと無言で足首辺りに蹴りを入れる。
が、軽くかわされてしまう。
「鼻凄いね…拭くものがあれば良かったんだけど…」
「別荘まで私、垂れ流しなの…?」
「いいじゃん…垂れ流し。響きがエロ」
「はーーるーー」
潑春を睨みつける由希を見て、ひまりがふふっと笑った。
そんなひまりを見て、2人も吊られるように微笑む。
さっきまでは暗闇しか目に入らず、この景色に恐怖すら覚えていたひまりだったが、今は月明かりや小さな白い花、空気までもが澄んでいるように感じた。
心の在り方で、同じ景色でもこんなにも違う物が見えてくるんだ、と。
「ありがとう。由希、春」
「お礼は裸Tシャツで…」
「だから春!!」
由希の怒りにそっぽを向いて知らんぷりする春に、ひまりはケラケラ笑う。
3人は手を繋いで暗闇の中に笑い声を響かせながら別荘まで帰った。
別荘に着くと、手を組んで祈るようにしてソファーに座っていた紅葉がひまりの姿を見つけた途端に目を潤ませながら飛びついた。
ひまりはいつものように避けずに紅葉を抱きとめ、ここで紅葉にも物の怪憑きだとバレてしまう。
驚きで絶句していたが、3人が事情を説明すると「今までツラかったねひまり。気付いてあげられなくてごめんね」と小さくなったひまりをそっと抱き締めながらポロポロと涙を流していた。
「紅葉、アイツは?」
「キョー?多分ずっと寝てるよ。帰ってこなかったら起こしに行こうかと思ってたんだけど…呼んでくる?」
由希の問いかけに答えると、手の中のひまりを見て首を傾げた。
「ううん!夾にはまた明日私から説明するよ。みんなも今日はごめんね…」
由希はひまりに優しく微笑むと、じゃあ俺らも寝る準備しようか。と部屋へと向かい始めた。
「ひまりはボクがこのまま連れてってあげるね!」
ひまりが無事に戻ってきて嬉しそうな紅葉と違って、潑春は眉を潜めて何かを考えるようにして後についていった。