第5章 それぞれの
由希は暗闇の中により一層黒く見える一輪の花を見つけ、それに視線を向けていた。
真っ暗闇の鬱蒼とした木々達の元にポツンと咲く黒い花は不気味で異様だった。
「ねぇ、ひまり。俺が野菜育て始めた理由…知ってる?」
視線をそのままに由希が問いかけると、少し顔をあげてフルフルと横に首を振る。
「俺が居なきゃ存在しなかった…目で見える何かが欲しかったから…。それでも何処か寂しくて、確かな物がなくて…。だから俺が……俺がいなきゃひまりが存在しなかったのなら…本当に俺がひまりに命を分け与えられたのだとしたら、産まれながらに必要とされたのなら…こんなにも今の俺にとって救われる事はないよ」
「でも!私のせいで寿命まで短くなってるかもしれないんだよ?!勝手にそんなの決められて…」
「勝手にじゃない。俺の意思だよ」
迷いのない目でひまりを見据えて由希は言い切った。
「今もし、同じ選択をされたら。俺は迷わずひまりを選ぶ」
ひまりはまた両手で顔を覆う。
今度は肩を震わせて。
「なんで…なんでそんなに…っ」
言葉を詰まらせながら溢れる涙を溢さないようにギューっと目に押し付けているひまりの両手を由希がそっと握って離させる。
「…本当に絶望だったんだ。あの頃。でもひまりに初めて会った時、自分自身が誇らしいって思えたから。ひまりの存在がどれほど俺を救ってくれたか、分からないだろ?」
包み込むような穏やかな声音に、ひまりは顔のあらゆる筋肉を歪ませ、握られた両手をギュッと握り返すと下を向いた。
ポタポタと地面に溢れた感情を落としながら。
「あ…りが、とう。ありがとう…由希…」
ふわっと風が吹き、由希はさっき視線を奪われた花に視線を戻す。
風に揺られた木々の葉の隙間から月明かりが差し込んでその花を照らす。
暗闇に染められて黒く見えていた花は、暗闇に溶け込んで分からなかっただけで、真っ白な花だった。
気付こうとしなければ永遠に知ることのなかったその"真実"は、全てが絶望ではない。
由希は夜空に流れた一筋の流星にまた願いを込めた。
どうか、ひまりから溢れる物が地を濡らすのは、今日が最後であるようにと。