第5章 それぞれの
潑春の瞳は先ほどの鋭いものから、柔らかいものへと変わっていた。
ひまりは困惑して、その真意を確かめるように彼の右目と左目を交互に見ていた。
「傷付けないで。大切だから。ひまりのこと」
鼻がツーンと痛んだ後にこみ上げてきたものをひまりは必死で我慢した。
だが潑春の顔が、滲み出てきた涙でぼやける。
「因みにひまりの顔、毎日でも見たい。…あと、さっきの話…由希が本当にひまりに命を分け与えたのなら…」
潑春がゆっくり立ち上がると、ひまりの背後に視線を向けて親指を立てた。
「由希、ファインプレー」
「…それはちょっと違うだろ。春」
不意に聞こえたその声に、まさか…とひまりが振り返ると、全力で逃げてきた相手が木に寄りかかり腕を組んで立っていた。
目を見開いて、雷にでも打たれたかのように停止するひまりに由希が思わず笑う。
「ゆ…っ。え?ど、どうし…、いつ…か…ら」
「最初からいたよ。全部聞いた」
ゆっくり歩いてくる由希にアタフタと焦りながら、「え?え?」と挙動不審気味に潑春と由希の顔を見ながら立ち上がる。
「とりあえずひまり…服着て…」
ひまりを見ると由希はフイッと顔を背けて手に持っていた彼女の服を差し出した。
「裸Tシャツ…いいね」
「はーるー」
潑春が立てたままだった親指をひまりに向けると、由希が睨んで彼の手を叩く。
ひまりは由希から受け取った服を木陰で隠れて着ると、気まずそうに2人の元へと戻った。
「由希…あの…っ」
「ありがとう。ひまり」
「…え?」
謝罪を述べようとしたひまりに、感謝を伝える由希。
さっきの話を全部聞いていたのなら、責められるだろうと予想していたひまりは聞き間違いかと思う程に困惑していた。
「救われたのは、俺の方だよ。今、本当の意味で。俺は救われた…と思う。ひまりのお陰で…」
命を与えてもらったのは自分で、何故由希が救われたなどと言うのか。感謝されるのか。
ひまりは思考が追いつかず、眉尻を下げて不安げに由希を見上げた。