第5章 それぞれの
暗い雑木林の中を、必死で目を凝らしながらひまりの姿を探していた。
由希と別れてから20分くらい経った頃、木の影に何も身にまとっていない小さな背中を見つけて潑春は心の底から安堵した。
ゆっくり近付くと、落ちた木の枝や葉を踏んだ後に彼女の肩がビクッと震えた。
潑春は着ていたTシャツを脱いで、ひまりの真後ろに辿り着くと怖がらせないように出来るだけ穏やかに声をかける。
「やっと見つけた。何してるの、ひまり」
声をかけてから持っていたTシャツを彼女の頭から被せると、潑春を見ることなくゆっくりとそれに袖を通し、また体を小さくした。
潑春は、ひまりの斜め前にあった腰掛けるにはちょうど良さそうな岩に座る。
太腿に肘を置いたその手で拳を作って、それに頬を乗せて彼女が何かを喋りだすまで待つように黙っていた。
2、3分の沈黙の後、自分を抱きしめていたひまりがそのままで着ているTシャツをギュッと握り直す。
「……春に…嘘ついてた。私」
「うん」
話し始めたひまりの背後に、安堵した顔の由希が現れ、近付こうとしたのを、潑春が片手の平を見せて静止させる。
今は待て。と視線も移さず声も出さないまま合図を送ると、それを読み取った由希が立ち止まった。
潑春は立ち止まったのをチラリと確認した後、由希がいる方とは反対方向へ一瞬目をやるとまたひまりに視線を戻す。
「どうして鼠なのか…どうして変身するのか…全部分かってる…全部、知ってる」
意を決したように、ひまりTシャツを握る手に力を込めた。
「本当は死んでたんだよ。産まれる前に心臓止まってたの。…なのに私が生きてるのは…生きられたのは……由希の…鼠の魂を分けてもらったからなんだって…」
初めて聞くその話に由希は息を呑んだ。
ひまりがこの世に居なかったかもしれないという事実にゾッとした。
「由希が…由希の体が弱い、のは…私のせいなの。私が魂を奪わなければ健康に産まれてた。私のせいで…。それにもし寿命まで奪ってしまってたら…?怖くて…それが怖くて堪らない…」
あぁ、それで…。と由希は今までの異常なまでの心配振りにやっと納得がいった。