第5章 それぞれの
ボンッという音と共にくる衝撃。
よく知るはずの感覚なのに、今回は強い違和感しかなく由希は戸惑っていた。
いつもは見えるもの全てが大きく圧迫感があり、聞こえる音たちも体全体に響くようになるのに…
変わらない。何も。
見上げる夜空も、広大な海も、波音ですら先程となんら変わらない。
変わった事と言えば
抱きとめたはずのひまりが消えるようにしていなくなったこと。
ここにあるのはひまりの衣服だけ。
この不思議な現象はよく知っている。
なんせいつもは不思議な現象の"当事者"だから。
「ま…さか…」
混乱する頭を働かせようとするが、脳内が渦巻いたようにうまく働いてくれない。
物の怪憑き?
今の状況を説明するにはそれしか…
ひまりが物の怪憑き…?
こんなことばかりで、その先の考えに至らない。
ただ、衣服の中にいるであろうひまりの姿を探していた。
「ひまり…?」
砂の上にだらしなく落ちているTシャツの中に見つけた小さく縮こまった生き物を見て由希は更に驚愕し呼吸をするのも忘れていた。
ここで完全に思考が停止する。
「な、んで…」
毛並みも色も違う。
でも、そこにいたのは
自分と同じ鼠だった。
止まった思考を動かすことが出来ず、その姿のひまりを見つめていると衣服の中から抜け出した彼女が一目散に走って逃げていった。
小さな体で、小さな砂粒を低く舞い上がらせながら物凄いスピードで走って行く。
「ひまり待って!!!」
由希の叫びにも止まることなく走る小さな体は、更に小さくなっていった。
必死で砂を蹴って距離を縮めようとするが、鼠の素早さに人間が勝てるはずもなくどんどん距離が広がって行く。
もう見えなくなったひまりに、由希はその場で立ち止まり膝に手を置いて乱れた息を整えた。
思考が追いつかない。
今、何が起こっているのか理解できない。
だが、ひまりが目の前から居なくなった。
それだけは
それだけは困る。
ほんの5分前まで繋いでいた手でギュッと拳を作ると、彼女が走っていった方向とは別の方へと全力で走っていった。