第5章 それぞれの
由希の言葉を聞いたひまりは目を最大限に見開いてその瞳を微かに揺らした。
だが、すぐに見開いた目を細くさせ、ぎこちない笑顔を作る。
「や、やだなー!由希ってば。変身しちゃうからダメに決まってるでしょ!どうしたの?センチメンタルな感じ?」
「うーん、結構…本気なんだけど?」
「ほ、ほか!他に!ないの?願い事!!」
「うん!ないよ!」
爽やかな笑顔の彼は、揶揄っているのか真面目なのか…
ひまりは冷や汗をダラダラ流しながら口元を引きつらせた。
「ふふっ…ひまり凄い顔」
ひまりに触れていた手を口元に持っていき笑う由希に、ホッと胸を撫で下ろして「そんな酷い顔してた?」とひまりも笑い始めた。
「じゃあ戻るまでの間、昔みたいに手繋いでよ。それならいい?」
ひまりは「いいよ。懐かしいね」と笑いながら差し出された手を取った。
子どもの頃、よく手を繋いでいた。
落ち込んだ由希を勇気付ける為に。
病に苦しむ由希を元気付ける為に。
いつか今日の事も懐かしいと思う日が来るんだろう。
風と共に流れてくる潮の香りも
足をとられて歩きにくい砂浜の感覚も
耳障りのいい波の音も
暗闇で瞬く星たちも
懐かしいと思う日が来るんだろう。
みんなと懐かしいねって笑い合うことはできないけど…。
そう考えながらひまりは切なく笑った。
砂浜にある階段を登る途中、空が煌めいた気がしてひまりは上を向いた。
「わ!わ!見て由希!!」
夜空を指差してはしゃぎ出すひまりに頬を緩ませて、由希も夜空を見上げた。
「流れ星!あ!あっちにも!!」
連続で流れた光に興奮したひまりは、更に体を仰反るようにして真上を見始めた。
「由希!ねがいご…あっっ」
仰反る体のバランスを取ろうと一本後ろに足をひいたが、ここは階段。
逆にバランスを崩したひまりは重力に抵抗できず真後ろに倒れていってしまう。
手を繋いでいた由希が咄嗟に彼女が頭を打たないように頭と体を包み込み、そのまま2人で砂の上に落ちて行く。
由希が流星に願った願い事は、思わぬ形で叶うこととなった。