第5章 それぞれの
由希が産まれた数秒後に産声をあげた私。
本来まだ産まれるはずじゃなかったのに、急な破水から陣痛が始まって出産の最中に私の心臓は止まった。
死ぬはずだった私が息を吹き返したのは、数秒前に産まれた"鼠の物の怪憑きの魂"を分けて貰ったから。
それが、私が鼠の物の怪憑きになった理由。
ただ、由希は"本物"で私は"紛い物"。
その証拠に私の変身した姿は汚い茶色のドブネズミ。
異性に抱きしめられると変身する。という縛りは同じだったが、変身する時としない時があった。
そして本来は変身する筈がない物の怪憑き相手でも抱きしめられれば男女関係なく"私"は必ず変身してしまう。
その理由は…慊人の言葉を借りると
"欠陥品は輪の中には絶対に入れない"から。
由希の魂を奪ってしまったから、由希は…
由希の体は弱く産まれた。
私が奪わなければ。
私があの時死んでいれば。
由希は元気に…健康に産まれるはずだった。
産まれた瞬間から、私は由希の人生を邪魔したんだ。
由希が体調を崩すと罪深い自分の存在が嫌だった。
命を吸い取ってしまっているのなら、彼の寿命まで吸い取って産まれたかもしれない私は
毎度、毎度怖くて堪らなかった。
なんの取り柄もなく、全てが中途半端で、不幸を呼んでしまう私が
命を助けられた意味はいったいなんだったんだろうか。
彼の命を吸い取ってまで私は生きたく…
薄目を開いてボーっと辺りを見回す。
薄暗い部屋でベッドにもたれ掛かるようにして寝ていた私の肩にはタオルケットが掛けられている。
夾の部屋だった筈だが、部屋の隅には私の持ってきていた荷物が置かれていて、夾の荷物が無くなっていた。
あの後、そのまま寝てしまった私に気を使って部屋を交換してくれたんだ。と把握した。
夾の前で醜態を晒してしまったことが情けなく恥ずかしい。
あんなにも泣いたのは久しぶりだった。
後悔する気持ちとは裏腹に、頭は何だかスッキリしているようで不思議な感覚だった。
自分の手を見て、包み込んでくれていた大きな手の温もりを思い出す。
焦りながらも、困惑しながらも、みっともない姿を受け入れてくれた。
泣いてもいいと…言ってくれた。
私は、温もりが残った掌をギュッと握りしめた。