第5章 それぞれの
「俺はそれに抗いたいから…そうじゃねえって。そんなん決めつけんなって…。勝たなきゃなんねーんだ。勝たなきゃ…」
眉を顰めて、苦痛にも似た表情で目線を下に向ける夾を見て、心臓を握り潰されたような感覚に陥る。
「勝た…なきゃ…どうなる…の?」
恐る恐る聞くと、夾は私の顔を見て何かを諦めたように切なく笑った。
その顔が怖くて。
何かに絶望したような。
その絶望を受け入れたような、そんな顔に見えて。
なんだか夾が何処かへ行ってしまいそうな、そんな気がして。
思わずベッドに座る夾の前に、両膝をついて彼の手を握った。
そして、その存在を確かめるように片方の手で夾の頬に触れた。
何の言葉もかけることが出来ない。
私自身が"そういう風"に出来てしまってることを実感してしまってるから。
「…なんて顔してんだよ?」
困ったように微笑むと頬に触れている私の手を、彼は大きな手で包み込んだ。
「バーカ。別に勝っても勝てなくても何もねーよ」
意地悪く笑うが、それはいつもと違ってあまりにも不自然だった。
多分これは嘘。
何かがあるんだ。
けど、その何かを聞く勇気は無かった。
考えることも出来なかった。
自分の意思とは関係なく、溢れて止まらない涙。
由希への罪悪感。
夾への漠然とした不安。
そして、変えられない現実。
"そういう風に出来てしまっている"忌々しい呪い。
全てがグチャグチャに混ざり合って溢れて止まらなかった。
そんな私の顔を見て、夾はギョッとして焦り始める。
「え、おま…な、何泣いてんだよ!わ、悪かったって!ほんとに何もねーから!!」
涙を止めようとしても、一度溢れてしまったそれはとどまることを知らず、嗚咽まで漏れ始める。
何も喋ることが出来なくて、夾の手に置いていた手で口元を隠した。
「あー、もうマジで…悪かったって…。頼むから…泣くなよ…」
夾は項垂れるように私の肩に額を置くと、頬に触れているその手をトントンと宥めるように一定のリズムで叩く。
嗚咽の合間に何とか「ごめん」と伝えると、「やっぱいい」とため息混じりに返された。
「いいから。泣いても。気ィ済むまで、いるから」
トントンと心地の良いリズムは、私が泣き疲れて眠るまでずっと続けてくれた。