第5章 それぞれの
「…やきもち?」
それに気付いた潑春が彼の顔を覗き込んで聞くと、由希は「多分ね」と自嘲してから立ち上がり海へ向かって歩き始めた。
そして潑春の横を通るときに
「俺ももう遠慮しないから」
そう言い放つ由希は、意を決したような表情をしていた。
宣戦布告されたはずの潑春は何処か嬉しそうに口角を上げると、「良い心掛け」と呟き、前を歩く由希についていく。
「ゆーきー!はーるー!入っといでよー!」
未だに水泳帽とゴーグルを装着したままのひまりが大きく手を振って2人を呼んだ。
由希は呼ばれるままに、着ていた上着を脱いで砂浜に置くとバシャバシャと入って行く。
「ひまり…それ、ずっとつけたままでいるの?」
可愛らしいビキニの雰囲気とは、あまりにも合わない彼女の風貌に由希は困惑していた。
「なんだか泳げそうな雰囲気あるでしょ?」
「うん。雰囲気だけはある…かな?」
クスッと笑う由希に紅葉が「ユキ、ひまりに泳ぎ教えてあげなよー!」と提案すると、浮き輪をつけたままスイスイと泳ぎ回り始めた。
由希のプチスイミングスクールが始まった頃、波打ち際から進もうとせずそのやり取りを眺めている夾に、「入らないの?」と潑春が問いかけると、不機嫌そうに「入んねぇよ」と返される。
その返事を無視して潑春は夾の腕を掴み、有無を言う暇さえ与えずに海の中へと連れ込んだ。
「勝負。勝負しよう。夾」
「入んねえっつってんだろ!?話聞けよ!?」
「あそこの岩、先に着いた方が勝ち」
「だぁかぁらぁ!?しねぇって!?」
指導を受けていたひまりが潑春のもとに寄って行き、「なんの勝負?」と聞く。
「岩まで泳ぎの勝負。由希もやろう」
ひまりの問いに答えてから由希を誘うと、うーんと悩みはじめた。
「うん…やろう、かな」
由希の言葉を聞くや否や、夾は着ていたパーカーを脱ぎ捨て砂浜の方へと投げ捨てた。
そして眼光を鋭くさせると首をボキボキと鳴らし始める。
「ぜってー勝ってやる」
夾のヤル気を引き出した由希に、潑春が親指を立ててナイス由紀。とジェスチャーする横でひまりは「単純すぎるー」と紅葉と爆笑していた。