第4章 蓋
「ほんとにお前達は、昔から仲が良いね」
笑っている師範に気を取られた夾の手が緩んだ隙に、私は掴まれた顔を剥がして、いやいやと訂正を始める。
「違いますよ師範。これは典型的な弱い者イジメであって…」
「オイ。ぜってぇクレー…」
「いやぁ。夾君とは凄く仲良くさせて頂いておりまして。私はこんなに思いやりがある人は夾君以外に見たことないですね」
「夾君てヤメロ。それに逆に胸糞悪ィぞそれ。クレープの件、もう知らねぇからな」
呆れた顔を私に向けながらたい焼きを頬張る夾に、クレープ(アイス乗せ)を食べられなくなる可能性に私は絶望した。
彼の腕を掴んで前後に揺らし
「待って!嘘でしょ!酷い!約束が違うじゃない!」
と畳み掛けるが、素知らぬ顔をして最後の一口を食べ終える。
そこに師範が「女性との約束を破ってはいけないよ」と助け舟を出してくれ、一気に夾の顔が不服そうなものになり片眉だけを下げる。
「わーってるよ。からかっただけだよ」
親に怒られた小さな子どもみたいに拗ねる夾に、心の中でザマァ。とからかってやった。
「それにしても、ひまり。横顔がお母様に似てきたね。髪が短ければ見間違えてしまいそうだよ」
「え…?」
私が目を見開いて動きを止めると師範は不思議そうな顔をしていた。
お母さんは、私よりも髪が長いロングヘアー…だった…よね…?
師範の言葉に夾も珍妙な面持ちで頭にハテナを浮かべている。
「何言ってんだよ師匠?コイツの母親は、コイツより髪長かっただろ」
草摩にいるときに数回、私のお母さんと会っている夾の言葉に安堵した。
そう、だよね。
そんなことまで、忘れてしまったのかと…思った。
「すみません師範。恥ずかしながら、母の記憶があまり無くて…。母はロングヘアーだったので、別の方と勘違いされてると思います」
なんだか恥ずかしくて、後ろめたくて。
視線を落としながら言うと、師範は優しく目を細めた。
「すまないね。私の勘違いだったみたいだね。もう私も歳かもしれないね」
「おいおい。しっかりしてくれよな師匠…」
ふふふっと笑う師範の表情に一瞬陰りがあったように見えたが、多分私の気のせいだったと思う。