第4章 蓋
「じゃあな、師匠。元々抜けてんだからあんまりボケッとすんなよな」
「はははっ。気をつけるよ」
夾は玄関まで見送りに来てくれた師範にぶっきらぼうに言うと、手をポケットに入れて歩いて行く。
私も頭を下げて、夾のあとをついて行こうとしたとき師範に呼び止められた。
振り返るといつもの穏やかな笑顔の師範。
「…知りたいことがあれば、いつでも聞きに来なさい」
知りたいこと…???
「ひまり!何やってんだー?置いてくぞー」
「わっ!し、師範今日はお世話になりました!また遊びに来ますね!」
先に行ったところで立ち止まってくれている夾に呼ばれ、笑顔で手を振る師範に再度頭を下げ、急いで走って行った。
知りたいこと…知りたいこと?
また武術習いにおいでーってことかなぁ?
センスの欠片もないからしたくないんだけど…。
「何話してたんだよ?」
「私もまた武術やった方がいいのかなー?」
「答えになってねぇけど。お前破滅的にセンス無かっただろ。また始めんのかよ?」
「破滅的は酷くない?」
「だってお前、正拳突きの捻り方が分かんねェって言って、その後手首捻挫してただろ」
夾はくくっと馬鹿にしたように笑ってこっちを見る。
過去の恥ずかしい出来事ランキングにインしている出来事を言われ両手で顔を覆った。
「それめっちゃ恥ずかしいやつ。なんで言うの」
顔を隠している手の指の間からチラリと夾に視線を向けると、からかって来る時の悪い顔をしている。
「手合わせ中に泣き出すから何事かと思ったら、手首逆に捻って攻撃するから捻挫したって…」
「もう〜〜〜やめてってばー!!」
恥ずかしさで顔が火照りまくっているが、夾の言葉を止めたくて顔に置いていた手で夾の袖を掴んで凄んでみる。
すると口元を手で覆って、バッと私とは逆の方に顔を向ける夾。
オイコラ待て。ここで爆笑はあんまりだろ鬼畜猫。
「笑わないでよ」
「…笑ってねーよ」
こっちを向うとしない夾の顔を見てやろうとするが、更に顔を避けられて見ることが出来ない。
少ししてからチラッとこちらを見て「…今日の晩飯なんだよ」と不機嫌そうな顔をしながら聞いてきた。
「素麺」
「またかよ?!」
戸棚の中に暑中見舞いで貰いまくったであろう素麺の多さを説明しながら2人で帰路に就いた。