第4章 蓋
ここ最近の夾の雰囲気が更に柔らかくなった。
少しずつ踏み出そうとしていた所に現れたひまりの存在が大きいのかもしれない。
夾は…変わろうとしている。なのに…
「"貴方"はお変わりにならないのか。ご子息を責め立てておきながらなぜ自らを省みようとはなさらない?自らの血を流す事を避けながら何故、安息は得たいと嘆かれるのか」
今度は軽蔑の色を宿した目で父親をしっかりと見据えて藉真は話す。
「わ、私一人が悪いと言いたいのか…!?」
「あの子一人を責めるのは如何なものかと申したのです」
これ以上は時間の無駄だと言うように藉真は話を終わらせる為…帰る為に立ち上がった。
だが父親は腹の虫が治らないのか、今度は藉真への侮辱を始めた。
「はっ。まるで父親のような口をきく…っ。だが知っているぞ。貴方がアレを引き取ったのは金の為だという事。猫憑きといえど十二支の子どもを育てる者は多額の金をもらえる…っ」
「…どう蔑まれようとあの子が成長していく様を喜ばしく思う私があの子を幽閉する協力などできようはずがありません」
他人を愚弄する事でしか安心感を得られないような人間より、自分自身が"本物の父親"であれたらどんなに良かっただろうか。
藉真はその血の繋がりが羨ましくあり、悲しくもあった。
「バ、バカなことを!慊人様も…当主も黙ってないぞ!」
「誰であろうといざとあらばこの身ひとつで守るまで」
血の繋がりは無くとも、心だけは。
「親の心を持たずにおられる貴方にはこの愚見、理解できますまい」
藉真は嘲笑を見せると「許されるものか!!」とまた喚く彼を無視してその部屋に背を向けた。
夾自身も今、用意されている未来…。幽閉されることに気付いているのだろう。
もう二度とあの闇の中でもがいていた頃に戻らせたくはない。
「みすみす手出しはさせない…」
夾が変わっていくというのなら、守っていく。
外に出てみると厚い雲に覆われているその隙間から、一筋の光が差し込んでいた。
藉真はその光に笑顔を向けると、待たせている夾とひまりを思い、いつもよりも歩くスピードを上げた。