第23章 そうだ、温泉に行こう
食事を終えて家に帰ると、先輩が玄関先で気絶していた。……まあ、目の前でいきなり人が消えたわけだし、びっくりさせちゃったんだろうな。
「彼……どうしましょう? 食べますか?」
念のためにそう尋ねてみると、無惨様は大袈裟に溜め息を吐いて視線を逸らした。
「……私がまた腹を空かす前に何処へでもやれ」
「はい……」
無惨様は、何だかんだ優しい。単にお腹いっぱいだからかもしれないけど……それでも殺してしまうことだってできたはずなのに。
会社の休憩室に先輩を連れて転移し、簡易ベッドに寝かせる。……なんだか、ここに来るのも随分久し振りだ。
先輩は、起きたらきっと、夢を見ていたとでも思うことだろう。でも、たぶん二度と私の家には来ないだろう。……これで、よかったんだ。
それから私はすぐに家に帰り、徹夜で資料の作成にあたった。猫の手も借りたいと思ったけど、当然ながら我が主君は手伝ってくれない。
本を読んだりスマホをいじったり、テレビを見たり、気まぐれにくっついてきたり……とにかく気が散った。
こんな時こそ寝ていてくれればいいものを、全く眠くならないようだ。
結局、資料を作り終えたのは朝方のことだった。もうすっかりヘトヘトだったけど、これから血まみれのシーツを洗わなくてはいけない……。
「そういえば、明日は土曜日ですねぇ」
と、洗濯をしながら私が言うと、無惨様は「それがどうした」と短く返答した。
「土日はお休みなんでー……良かったら、温泉旅行にでも行きません?」
「温泉? なぜまた急に」
「お風呂にゆっくり漬かって、リフレッシュしたいな~なんて……」
本当は、無惨様の浴衣姿が見てみたいからなんだけどね。浴衣でお泊まりデート……なんて、新鮮でいいんじゃない?
と、余計なことを考えてしまうと、ちゃっかり心を読まれてしまった。