第22章 そして私は人類の敵になる
普段の美しい顔からは想像も付かないようなグロテスクな姿を、私は心から綺麗だと思った。彼が人を喰らうさまはあまりに華麗で、まるで演舞のようで。
と、ぼんやり見とれてしまっていると、無惨様はくるりと振り返り、私の方に歩いてきた。
「紡希」
「は、はい……?」
手に頬を添えたかと思うと、唐突に口付けられる。舌で唇をこじ開けられ、口の中に何かが滑り込んできた。
「んっ…………」
私はこの日…………初めて、人の肉を食べた。
ごくりと飲み下したのを確認すると、無惨様は唇をいったん離し、手に持っていた人間の足を牙で引きちぎった。
それからその肉をある程度咀嚼し、また口付け、飲み下したのを見て舌を抜く。その行為を、無惨様は何度か繰り返した。まるで、親鳥が雛に餌を与えるかのように。
初めて食べた人の肉はあまりにも美味で、無惨様の唇はあまりにも甘美で、私は快楽に酔いしれた。彼と出会ったばかりの頃には、絶対に肉など喰うまいと思っていたのに。
「ああ……、無惨、さま、」
「……美味しいか?」
「はい…………」
血まみれの路地裏で人の肉を喰らいながら、私は愛する人の唇に溺れている。……私ももう、とっくに滅ぼされるべき害悪だったんだ。
頭上には私たちを見下ろすように円月が浮かんでいる。……ああ。何て満たされているんだろう。
例え世界中を敵に回しても、私の正義は無惨様ただ一人だ。彼こそが絶対であり、私の生きる意味だ。
貴方の望みが叶うまで、貴方の月が満たされるその日まで、私は――下弦の月は傍に居続けよう。
……もう絶対に、間違えたりしないから。
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