第16章 本当にどうしようもなく
「血を飲まずに出掛けたから様子を見に来ただけだ。お前の失敗ひとつで足がつくというのがわからんのか」
そう言って無惨様は、ぽいっと血液パックを放り投げてきた。
受け取ってから彼の顔をもう一度見ると、街明かりが滲んだ。……ああ私、今、泣き出しそう。
だけど、涙はすんでのところで止まった。無惨様が、大正時代から飛び出してきたようなレトロな帽子を被っていたからだ。
「えっと……なんですか、その帽子?」
「さっき、そこの店で買ったのだ。モダンだろう?」
「ぶふうっ!」
「何が可笑しい」
……ああ、もうダメだ。私、本当の本当にどうしようもなく。
「好きです!」
そう言って私は、万感の想いを込めてぎゅっと手を繋ぐ。すると無惨様は途端に顔をしかめていた。
「知っている。それに、触っていいとは一言も言っていない」
そう言いつつも払い除けようとしなかったから、私は彼の指に自分の指を絡めてみた。一度はやってみたかった、いわゆる恋人繋ぎだ。
「で、映画はどうだったんだ?」
「いまいちでした!」
「まあ、そうだろうな」
他愛もない会話を交わしながら、二人で歩いていく。見慣れたはずの夜の街は、キラキラと輝いて見えた。どんな映画のワンシーンよりも、ずっとずっと綺麗だった。
……ねぇ、無惨様は知ってた? 大好きな人と一緒だと、さっきまでと同じ景色が、全然違って見えるんだよ?
「……明るい。令和の夜は、こんなにも明るいのだな」
と、唐突に無惨様が呟いた。顔を見上げると彼の顔は、珍しく……少しだけ笑っているような気がした。
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