第16章 本当にどうしようもなく
「今日は、ありがと。紡希ちゃんの方から誘ってくれるなんて嬉しいよ」
「う、うん……」
……週末、土曜の夜。私は先輩と駅前で待ち合わせて映画館に向かっていた。
あれから結局、無惨様は引き留めてもくれなかった。今日だって、思いっきりお洒落して『行ってきます』と声を掛けたのに『ああ』としか返してくれなかったし。
ちょっとぐらいヤキモチ妬いてくれてもいいのに、無惨様は完全に平常運転だった。だから私も意地になって、飛び出すように家を出てきてしまったのだ。
意地になりすぎて血を飲んでくるのを忘れてしまったのは失敗したけど……今日一日ぐらいは普通に保ってくれるだろう。
「それにしても、ビックリしたよ。いきなり『しね』なんて来たからさ」
「うぐ……! と、途中で送信しちゃって。緊張してたんですかね」
「あはは、可愛い」
「…………」
先輩は、すっかり上機嫌だった。『このまま押せば付き合える』とでも思っているのだろう。
でも……付き合って幸せになれる可能性も、なくはないんだろうか。もし先輩が、鬼になってしまったことを打ち明けても受け止めてくれる人なんだとしたら。
自分を愛してくれないのがわかっている相手に恋焦がれて、傷付くぐらいなら――
「そういえば、こないだ言いそびれたんだけどさ」
と、先輩に話しかけられ、私は意識を引き戻された。
「どうしました?」
「その目、カラコンなの? きれいだね」
「え? あぁ~……実は、そうなんです。ちょっと、イメチェンで……」
……そうだった。私の瞳は変色し、おまけに十二鬼月である証が刻まれている。もうすっかり見慣れて、違和感を覚えなくなってしまっていたけど。
「今日の服も髪型も、可愛い。なんか、いつもと雰囲気違うよね」
「ありがとうございます……」
本来なら、素直に喜ぶべき場面。
でも……違う。
違うんだよ。全然嬉しくない。その言葉は、別の誰かに言ってほしかった言葉なんだ。