第13章 好きな人がいるんです
今の私にはちょうど、彼氏がいない。先輩のことは嫌いじゃないし、むしろ仲が良い方だし……普通なら『付き合ってみようか』となる場面なのかもな、とぼんやり思った。
「いきなりごめんね。俺としては、返事はいつでもいいから……」
「返事……」
……そっか。返事、しないといけないんだった。
適当にこの場を取り繕って、先送りにすることもできた。付き合うことだって、多分できたと思う。だけど私は、彼をいたずらに傷付けたいわけじゃない。私の答えは、最初から決まっているのだ。
「ごめんなさい。あたし、先輩とは付き合えないです」
「え……」
先輩は、その場に固まっていた。まさかフラれるとは思わなかった、というような顔をしていた。
「な、なんで? やっぱり彼氏、いる……? それとも俺って、紡希ちゃん的にはナシなの……?」
「んー……。彼氏は、いないです。先輩のことも全然ナシじゃないです」
「じゃあ、なんで……」
『鬼だから』とはさすがに言えないので……私は、迷った挙げ句にこう答えていた。
「あたし、好きな人がいるんです」
「え……」
「だから、ほんとにごめんなさい。先輩の気持ちは嬉しかったです」
先輩はまだ何か言いたそうだったけど、私はさっさと給湯室を後にした。きっと、これでいいんだろう。
だって、今の私が……まともに誰かと付き合えるわけがない。
まず、食糧は人間の血肉。おなかがすくと人間が食べ物に見える。日光を浴びられない。歳を取らない。
誰だって、そんな彼女……いやでしょーよ。
その後、先輩とは多少気まずくなってしまった。業務上最低限の会話はするけど、それ以上の雑談は一切交わさなかった。
今まで結構仲良くしていた分、同僚たちには不審がられたけど……私は、彼に告白されたことを誰にも言うつもりはない。
……多分、これでいいんだ。数日も経てば、元の関係に戻れるだろうから。
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