第13章 好きな人がいるんです
「おはようございます~」
「おお、浅野。大丈夫かー?」
「はい。おかげさまで……。ご迷惑をお掛けしました」
会社に着くと、今までと同じような、代わり映えしない朝の光景が広がっていた。私はいつものように自分のデスクまで歩いていって、パソコンを起動する。
無惨様に聞いたところによると、鬼になると人間の頃の記憶を失うことが多く、知能が低下することもあるそうだ。だけど今のところ、私にはその兆候が見られない。どうしてなのかはわからないけど、こうして今まで通り仕事ができるのはありがたいことだ。
ただ、今まで通りにいかないことが一つだけあった。それは、お昼休みを迎えた時のこと――
「やっと休憩だね~。紡希、ランチ行こ~!」
「ら、ランチ……!」
同僚に笑顔で話しかけられ、私はハッとなった。お昼休みはいつも、仲の良い同僚たちとみんなでお弁当やランチを食べていたんだった。
お弁当……は、一応持ってきている。言うまでもなく、バッグの中に忍ばせた血液パックだ。だけどそんなもの、みんなに見られるわけにはいかない。
「ごめん……あたし、今日、お腹痛くて。ランチはまたにしとくよ」
「ええっ、そうなの? 大丈夫?」
「昨日も休んでたけど、まだ体調悪いんじゃ……」
「う、うん、大したことないから……ありがと……」
仲良しの同僚たちがランチに向かったのを見届けると、私はオフィスの隣にある給湯室に隠れた。運良く、誰もいないようだ。
ここぞとばかりに血液パックを取り出して、一気に飲み干す。……ああ、おいしい。本当に、生き返るような気分だ……。
「…………」
だけどその時……ふと暗い気持ちが押し寄せてきた。
血は確かに美味しいけど……私は一生このままなんだよね。二度とランチにも行けなくなっちゃったし、もっとたくさん美味しいものを食べておけばよかったなぁ。
そこまで考えて、私はブンブンと首を横に振った。
(この程度のこと、無惨様は1000年も耐えてるんだ。しっかりしなきゃ。こんなことぐらいで泣き言言ってちゃだめだ……)