第9章 無惨様、シャワーを浴びる
ごにょごにょと呟く私をよそに、無惨様は浴室を物珍しそうに眺めている。……もうこうなったら、何を言っても聞かないだろう。もっとゆっくり浸かっていたかったけど、仕方ない。さっさと出よう……。
「ふむ、シャワーか。この時代では日本でも当たり前になっているようだな」
そう言いながら、無惨様は蛇口を捻る。その瞬間、私は「あっ」と思った。ハンドルをカランに戻すのを忘れていたからだ。
間もなく彼の頭上からシャワーが降ってきて、無惨様のワカメみたいな髪の毛は一瞬にしてびしょ濡れになった。
「……っぷ」
吹き出しそうになったのを、両手で口を押さえて必死でこらえた。
これはやばい。何も考えないようにしなきゃ。……そうだ、こういう時は九九を唱えよう。ににんがし、にさんがろく……
無惨様、びっくりして固まってる。かわいい、じゃなくて、にしがはち、にごじゅう――
「おい」
「はっ、はい!」
「今のは、貴様のせいだな?」
すっかりキレた無惨様は、私の頭を掴んで爪を深々と立てた。待って待って、湯船の中が血まみれになる!
「ひぃい! わたしが悪かったです! ハンドルを戻すのを忘れてたわたしが悪ぅございましたぁあああー!」
「わかれば良い」
だけど無惨様は意外にもすぐ解放してくれた。きょろきょろしながら、シャンプーやリンス、ボディーソープなどを次々に手に取っていく。
(あぁ、そっか。興味が怒りを上回ってるんだ)
そういうふうに、私は解釈した。大正時代には、シャンプーなんかなかったはず。石鹸? 布海苔? どちらにせよ、珍しいんだろう。
「あの。わたし、もう上がるんで……良かったら、無惨様もお風呂どうぞ……!」
「む……」
無惨様を浴室に残し、私はさっさと退場した。
だけど、5分ぐらい経っても無惨様は帰ってこない。様子を見に行くと、脱衣所に服が置かれ、浴室のドアが閉められていた。そして、中からシャワーの音が聞こえてくる……。
(お風呂……入ってるし……)