第8章 おいしいっ
「ところで、さっきから何を読んでるんです?」
「お前の本棚から拝借した。この時代に適応するには色々な知識を仕入れなくてはならないからな」
「ってそれ、少女漫画じゃないですか!?」
「少女漫画……? ふむ……」
「もっと先に仕入れるべき知識、絶対にありますよ……!」
面食らいつつも、私は本棚の片隅から広辞苑を取り出した。
「こーいうモノの方が役に立つような気がするんですけど、どうでしょう?」
「ああ、字引か。成る程、確かに」
無惨様は広辞苑を手に取ると、『あ』の項目から順番に読み始めた。
「ふむ……知らない言葉が増えている」
もしかして、最初から最後まで全部読むつもりなんだろうか。何やら夢中になっているので、しばらくそっとしておこう。
手持ち無沙汰だった私は、血液パックを一つ手に取ってみた。ちょうど、少しおなかがすいてきたところだ。
自分から血を飲むのは、初めてのこと。少し抵抗はあったけど、いざ蓋を開けて口に含むと、思わず感嘆の声が漏れた。
「おいしいっ!」
……やばい、なにこれ。全身に力が行き渡る感じ。この感覚、何かに似てる。そうだ、栄養ドリンクだ。
仕事で徹夜して疲れた朝でも、飲めばたちどころに回復する、スーパー栄養ドリンクそのものじゃん!
血って、こんなに美味しかったんだ。最初に飲まされた時は『嫌な鉄の味がする』って思ったのに……私、順調に鬼化しちゃってるんだなぁ……。
(パッと見、ゼリー飲料か何かを飲んでいるようにしか見えないなぁ。でもよく見ると血液パックっていうのは、相当シュールだよね……)
この時の私は、まだ『鬼になる』というのがどういうことなのか、ちゃんとわかっていなかった。しばらく肉を食べずに済みそうで、ただただほっとしていた。
鬼として生きるのは、辛く、孤独なこと。だけど、それを私が知るのは、もう少しだけ先のことになるのだった。
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