第8章 おいしいっ
「ここは……?」
目が覚めて真っ先に視界に入ってきたのは、見慣れた自分の部屋の天井。どうやら、ベッドに寝ているようだ。お腹は、いつの間にか満たされていた。
天井のルームライトには、灯りが点いている。首を捻って窓の外を見てみると、まだ夜のようだった。
「はぁ……。やっぱ、全部夢だったか。そりゃそうだよね。わたしが鬼になって人を食べようとしたとか……」
「全く、おめでたい頭だな。お前の思考はどうなっているんだ」
「うわぁっ!?」
すぐ近くから声がして、私はベッドから転がり落ちた。
「いたた……」
打ち付けた腰をさすりながら顔を上げる。すると、ワークチェアに腰掛けて本を読んでいる無惨様と目が合った。
「あ、あの。わたし、なんで生きて……。もしかして、人間の肉を……?」
恐る恐る尋ねてみると、彼は目を伏せてこう言った。
「まさか血だけでここまで回復するとは思わなかった」
「えっ……?」
「意識を失ってなお、お前は頑なに肉を口にするのを拒んだ。やむ無く血だけを飲ませておいたのだが」
「そ、そうだったんですね……」
肉を食べていないとわかって、ほっとした。……いや、血だけならいいってわけでもないんだけど。
無惨様は、私を殺してくれなかったようだ。何故かはわからないけど、まだ生かしておくことを選んだらしい。
「あれからお前は丸一日眠っていた」
「えっ、一日も?」
「ああ、そうだ。体の調子は?」
「たぶん……元気です。特に変わったところはないように思います」
「ふむ……。不思議ではあるが、珠世は血だけで生きていけるようになっていた。禰豆子も眠るだけで……」
何やらぶつぶつ言いながら、無惨様は首を捻っている。たまよ? ねずこ? 誰のことだろう。昔の恋人とか……? その部分の記憶は、私には与えられていない。
まあ、なんにせよどうでも良いことだ。過去の無惨様に恋人がいようがいまいが、私には関係がない。
この傍若無人な男が、かつて誰かを愛していたなんて知ったら……心底びっくりはするだろうけど。