第6章 空腹を満たすもの
「あ、ああ……」
一瞬にして血塗れになった部屋を見ながら、私の身体はガクガクと震え出していた。
無惨様が鬼だということは、わかっていた。たくさん人を殺して食べたであろうことも、わかっているつもりだった。
だけどこんな凄惨な光景を目の前で見せられると、一気にその実感が身体中を駆け巡った。
鬼は、本当に人間を食べるんだ……。
「紡希、お膳立てはしてやったぞ。早く喰え」
「ああ、うう……」
「そんなに涎を垂らして。とっくに限界のはずだろう?」
無惨様は二つの遺体につかつかと歩み寄り、長い触手を出して手足をもぎ取った。ベキボキと骨の折れるような音と、肉を引きちぎるような音が聞こえてくる。それから続けて、くちゃくちゃと不愉快な咀嚼音も――
「ふむ……意外と味は悪くない」
そう言って振り返った無惨様の触手は血まみれで、引きちぎった臓物が垂れ下がっていた。
「ああ……、はあ、はあ……」
身体の震えがますます大きくなる。深呼吸をしても止まってくれない。
……化け物だ。この男は、化け物。
こんなやつに、私はさっきまで体を許していたんだ……。
「いやぁああああ!!」
私は無惨様に背を向けて、部屋を飛び出していた。それで後から彼に殺されても、飢え死にするとしても、人を食べるより遥かにマシだと思ったのだ。
無惨様の言う通り、空腹はとっくに限界。私は、理性と根性で耐えているだけだ。
(ああ……誰にも、出会いませんように……!)
行く宛もないのに、私はただひたすら走り続けた。飛んでしまいそうな意識の中で、『悪い夢なら早く醒めて』と願いながら――
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