第6章 空腹を満たすもの
今すぐ飛びかかって、喉元を引き裂いて食らいついてしまいたい。
だけど私は、最後の理性で踏みとどまった。自分の腕を思いっきり噛んで、間一髪で耐える。
「何をやってる。早くやれと言うのに」
「嫌だ……いやだよ、食べたくないです……」
涙目で見上げると、無惨様は顔にピクピクと血管を浮き立たせて舌打ちを飛ばした。
「わざわざ私がこんな都合の良い場所に連れてきてやったのに、そのざまは何だ!」
「わ、わかってます、感謝してます! でも、どうしても嫌なんです……!」
「喰わなければ死ぬと言っているだろう!」
「うぅ……。それでも、いい……。人間を食べるぐらいなら、死んでも……」
「ふざけるな! お前に、一体どれだけの血を分けてやったと思っている!? このまま飢え死ぬなど許さんぞ……!」
こんなやり取りの中、二人の男女は終始私たちに怪訝な目を向けていた。だけど、そのうちに男の方が痺れを切らしたようで、ずかずかと近付いてきた。
「さっきから、ウゼーんだよてめぇら! さっさと出てけ!」
「う……」
来ないで、来ないで。食べてしまうから。私は今、あなたがどんな顔をしているかも判別できないの。美味しい肉の塊にしか見えていないんだから……!
「何ジロジロ見てんだ!? あぁん!?」
「ふっ……知性の欠片もない屑が」
「なんだとぉ!?」
無惨様の言葉を聞くなり男は途端に激昂し、胸倉を掴み上げていた。
「何なんだ、てめぇ? スカしたツラしやがって!」
男が、無惨様に殴りかかろうとした、その時――
「あっ」
目にも止まらぬ速さで、男の首が飛んだ。そして、首が女の足元に転がり落ちてから数秒後に……身体の方が血を吹きながら倒れた。
「きゃああああああ!」
女は金切り声を上げ、咄嗟に逃げ出そうとした。だが、それより早く無惨様の腕が変形して伸び――女の頚をへし折っていた。