第3章 無惨様、地下鉄に乗る
「まさか、珠世の薬……私は、人間に……? いや、違うな。だったらこの女を鬼にできなかったはずだ……」
「……あのー、無惨様?」
「黙れ! 私は完璧な生物だ!」
「ぎゃあああ! どーしたんですか、急に! 痛いっ! 痛いですってば!」
……こんな感じで何度も私の体には爪が立てられたけど、数秒も経たないうちに回復する。
だからと言って雑に扱っていい理由にはならないと思うんだけど、無惨様は本当に容赦なかった。
*
それからしばらく下らない小競り合いをしつつも、なんとか駅まで辿り着くことができた。歩いた時間はほんの10分ぐらいだったけど、どっと疲れた気がする。
ちなみに、首を飛ばされた時に服に付いた血痕は、ハンカチを巻いてごまかした。襟元血まみれのままで駅に入っていたら、観衆の視線を一気に集めてしまっていただろう。
「……それにしても、凄いな。この時代の駅というのは。人間が恐ろしくうじゃうじゃいる」
「あ……食べないで下さいね?」
「こんな人目のある場所で喰う馬鹿がいるか。それに、腹は減っていない。お前が眠っている間に公園で済ませたからな」
「もう食ってたんかい!」
思わずツッコミを入れてしまうと、無惨様はまた瞬時にキレた。
「何だ貴様、その口の利き方は!」
「ひぃ! ごめんなさい!」
ぎろりと睨まれ、私は後ずさる。また爪を立てられるかと思ったが、今度はそれ以上何もなかった。これほど人の多いところでは、さすがに目立つことはしたくないらしい。
というか、公園に不自然に人がいないと思っていたら、こいつの仕業だったのか。油断も隙もあったもんじゃない。
「はーぁ。人間はみんな餌ですか。そーですか……」
「当たり前だ。貴様の分も狩ってやったというのに、感謝してもらいたいところだ」
「へ……わたしの分?」
「目覚めてすぐに騒ぎを起こされては困るからな。しばらく空腹にならないよう、血を飲ませておいたのだ」
「うげぇ……。わたし、血ぃ飲んだのか……」
先程の、目覚めたばかりの時に感じた鉄の味を思い出して、吐き気を催した。
……ああ私、本当に鬼になっちゃったんだ。