第7章 フクロウの夜明け
「そういえば…」
「?」
「これ、花菜さんのですよね。バスの近くに落ちてました」
「あ!」
そうだ、と花菜ははっとする。
自分はノートを取りにここまで戻ってきていたのだ。影山の怪我に気をとられて、危うく忘れるところであった。
ここまで引き返してきた本来の目的を思いだし、花菜は感謝の意を述べて影山からノートを受け取った。
「駅まで送ります」
「大丈夫だよ。飛雄遠回りになっちゃうでしょ」
「帰りはランニングしていくんで俺は大丈夫です」
あれだけ動いてまたランニングとは、どこまでもストイックな男だ。
「じゃあ、お願いしようかな」
二人で並んで歩く道中。何を話すわけでもなく、地を踏む足音だけがリズムよく耳に届いた。
隣を歩く影山の表情がいつもに増して険しいことに、花菜は気づいていた。それでも影山を訝しげに見つめたりはしなかった。
自分のプレーやゲームスタイル。それはどんな選手にだってあるもので飛雄はそれが特に大きい。あらゆる才能に恵まれた分、他者との対立も人一倍多く経験してきたはず。
そんな影山が中学時代、"コート上の王様"と呼ばれ孤立していたのも知っている。だがそれは、影山のバレーに対する情熱が誰よりも強いからだというのも、花菜はよく知っている。
半端な気持ちでコートに立っているわけではない。
だからこそ花菜は、影山の全てを真っ向から否定することが出来なかった。
「花菜さん」
駅まであと数メートル、そんなところで影山が口を開いた。
「日向の速攻のことどう思いますか」
やはり喧嘩の原因はあの速攻だったのか。
ピタリと足を止めて花菜は影山に向き合う。言いたいことは沢山あるが、花菜は速攻を操る当事者ではない。
だから、影山の問いに答えるとするのならひとつだけ。
「私には何が正解だ、なんてはっきりとは言えないけど…」