第6章 夏風の誘い
どうしたものか。
でもここで 違う及川さんだ、なんて言い訳はさすがに苦しすぎる。少し躊躇ったあと、花菜は小さく頷いた。
「も、もしかして……」
花菜の返答に目を丸くして影山は歯切れの悪い声で言う。
「それ 花菜さんが書いたんすか!?」
「っ 違うよ!?」
予想外の影山の言葉に花菜は慌てて訂正する。
今 彼はなんと言っていた?
「これは私じゃなくて徹先輩が昨日会ったときにふざけて書いただけで!私が自分で書いたんじゃないよ」
「っ、そうだったんすか。早とちりしてすみません」
べつに影山が悪いわけではないのだ。
すべてはこれを書いたあの人のせいである。いやしかし、されるがままになってた自分もどうなのだろう。
いざ目の前に立ってみると、花菜は何故かいつも及川の流れにのまれてしまうのだ。
しかも、風呂場で頑張って擦ってみてもなかなか消えなかった。及川はどんな思いでこんなことをしたのだろうか。
なんて、深く考えてるのは私だけなのだろうか。
なんだか少しだけ胸がモヤモヤした。
「お前らー 二人でこそこそなに話して── ぬぉっ!?」
ひょっこりとやって来た田中も花菜の右手の落書きに気がつくと、言葉にならない叫び声をあげ出した。
「おまっ、及川ってまさか…、あの及川か!?」
二回目だ。
花菜がうんと頷くと田中以外のメンバーたちもこぞってはぁ!?と叫び出す。
「あんのヤロゥ他校のマネに手を出すとは…」
手を出すというよりは、ただからかわれているだけなのだけれど。
そのあと花菜は散々、部員たちから「あんま及川に近づくな」と咎められた。