第6章 夏風の誘い
ピッピーーッ!!
「よーし、じゃあフライング1周!」
「「「おーーっす!」」」
試合終了の笛が鳴ると烏野は澤村の合図で一斉にコートの周りを滑り出した。
5、6、7……今ので8敗目だ。
勝ちに行くとは言ったものの、やはりさすがに相手が手強い。これが全国レベルというものか。
ノートの記録を見返しながら花菜はゆっくりため息を吐いた。
烏野はまだどこの高校からも、一セットも取れていない。別に烏野の調子が悪いわけではない。
ただ、いずれも相手が強すぎるのだ。
「あいつら何敗目だよー」
「別に弱くないけど、平凡 だよな。」
「音駒が苦戦したヤバい1年ってどれのことだよ。音駒の連中の買いかぶりすぎじゃ…」
傍から聞こえた他校からの評価に、仁花の耳がピクピクと反応している。
仁花の気持ちは花菜にもよく分かった。
烏野の本気を知っている身からすれば、日向と影山が欠けて完全でないところを評価されたら腑に落ちないのも当然だ。
「仁花ちゃん、抑えて。どうどう」
悔しそうに震える仁花を清水が宥める。その隣では花菜が困ったような笑みを浮かべていた。
日向と影山の速攻だけが烏野の武器というわけではないけれど、そろそろあの2人の姿が恋しくなってきた頃だ。
でもきっと大丈夫だろう。
開いたノートをパタっと閉じて花菜は溢れんばかりの笑顔を見せた。
「田中のお姉さんは田中以上に、情に厚いひとですから!」
「「?」」
あれは 去年の入学式のことだ。
1年前の春の記憶を花菜は麗しげに思い起こした。
烏野高校へ向かう途中、花菜は大荷物を抱えて困っているお婆さんを助けていたことで、入学式に遅れそうになった。
これはまずい、と焦っていたところに救世主となる冴子が現れたのだ。