第5章 それぞれの温度
ドキリと胸が鳴った。
まるで心の中を読まれていたみたいだ。木兎は大雑把な男だが、稀に聡い時がある。
「確かに宮城ですけど…」
確かな動揺を隠すように京治は出来る限りの平常心を装った。木兎の言わんとすることはだいたい想像がついている。
もしかしたらそこに彼女がいて、彼女と再会出来るのではないか──
木兎はきっと、そう言いたいのだろう。だから彼がそれを口にするより先に京治は言葉を紡いだ。
「ないですよ。そんな偶然」
「でもゼロとは限らねーだろ!?」
「そんなことより早く行かないとネット取られますよ」
「待て!俺が一番乗りだ!」
大好物を前にした子供のように全速力で駆けていく木兎の背中を、京治はどこかほっとした思いで見つめた。
「なーにしてんだ赤葦ー、さっさと行くぞー!」
「はい」
鞄を肩にかけなおして京治は木兎の後を追う。
《でもゼロとは限らねーだろ!?》
木兎の言葉が何度も頭の中で木霊して京治の胸をざわつかせた。
そんな偶然あるわけがない。そんなことは、自分が誰よりも分かっている。
それなのに もしかしたら という微かな期待が胸のどこかで踊っていて、京治の心を揺さぶるのだ。
「くそ……」
東京の夏は暑い。
この暑さに溶かされて思考がままなっていないだけだ。
"期待するな"
そう、自分自身へ暗示をかける。
心の中で何度も唱えて京治はぐっと高鳴る胸に蓋をした。
静かに靡いた夏の風が、ほんのり火照った頬には心地よかった。