第3章 公式なんていらねぇ!
はぁと短い溜め息をついて及川は落ちたボールを拾った。自分を見上げる純粋な瞳に胸はまたざわざわと騒ぐ。
ポンと花菜の頭に手を置いて、汗で少し湿った髪を及川は構わずわしゃわしゃと撫でた。
「そろそろ帰るよ。また連絡するから」
「はい!今日はありがとうございました。すごく助かりました」
「ん」
笑顔を浮かべたまま花菜にボールを手渡し、及川はひらひらと手を振って帰っていった。
教えてもらったところの復習をしなければ。
家の中に戻ると、時計の針は21時を過ぎていた。父が帰って来る前に夕飯の用意をして、自分は先に食べ終えてしまう。
お風呂を上がったときには時刻は既に22時を回っていた。のんびりしてると時間が全然足りない。
及川に教わった数学を復習しようと花菜は慌てて自室に向かった。
ぼんやりと灯るオレンジ色のライト。走らせたシャーペンの芯がポキッと折れた。
「あ……」
時計の針は夜中の1時を指している。
随分と集中していたみたいだ。
階段を降りてリビングへ行くと、風呂場の方からシャワーの音が聞こえてきた。作り置きしておいた夕飯も綺麗に食器が片されている。
少し前に父が帰ってきたのだろう。
自分以外の生活音に花菜の頬はホッと緩んだ。慣れているとはいえ、やはりひとりの家は寂しい。
気が抜けて、なんだか急に眠たくなってきた。
安心した途端、強い睡魔に襲われて花菜は雪崩れるように自室のベットに入った。