第3章 公式なんていらねぇ!
「だいぶ鈍ってるんじゃない?」
「そうでもないですよ?」
バレーを辞めてからも花菜はこのコートでちょくちょくボールに触っている。鈍っていないとは言えないが、それなりにまだ動けるつもりだ。
これでも当時はそれなりに活躍していたのだ。下手くそとは言わせない。
まずは軽いパスをして手先の感覚に慣れさせる。トン、トンと響く心地よいリズムが花菜をまたワクワクさせた。
「変わんないね。トスをあげる前に親指を動かすその癖」
「っ、そこはあんまり突っ込まないでください」
さすが青城主将だ。よく見ている。
花菜がバレーを始めたのは小学生の頃でポジションは及川と同じセッターだった。
小4のときに母を亡くして沈んでいた花菜を、幼馴染の京治がバレークラブに誘ったのがきっかけである。
花菜のこの癖はそのときからずっと染み付いているもので、結局最後まで変わらなかった。
「何度言われても直らなくて、いつも監督に注意されてたっけ。それ以外のフォームはほんとに驚くほど綺麗なんだけどね」
そう言って、及川は久々に間近で見た花菜のフォームにどこか悔し気に笑った。
まるで水が流れていくように清らかな動き。そこから生まれる完璧な構え。同じセッターとして、及川は密かに羨ましいとさえ思っていた。
「ま!テクニックは俺の方が上だけど、ねッ」
バシッと打たれた及川の鋭いボールに花菜は素早く反応し、正面で綺麗にレシーブした。
「そりゃあ、徹先輩と比べられたら勝ち目なんてないですもん」
「相変わらずとるねー」
「中学の時に散々徹先輩のサーブ拾いましたから」
「オーバーワークで岩ちゃんに怒られたの思い出すよ」
ついこの間のように思い出される記憶も、もう3年も前の話だ。
トン、トンと続く規則的なパスの中で花菜は静かに口を開いた。