第3章 公式なんていらねぇ!
及川の教え方は普段のおちゃらけた言動からは想像もつかないほどに分かりやすく、花菜は感銘を受けていた。
「徹先輩…本当に頭良かったんですね」
「それって、今まで俺はバカだと思われてたってこと?」
「実は少しだけそう思っていました」
「ひどいッ!」
それはともかく、及川のお陰でかなり勉強が捗った。
そろそろ帰宅の時間だろうか。
ありがとうございました、ともう一度しっかりお礼を言って花菜は勉強道具を鞄に仕舞った。
「もう帰るの?」
「これからバイト先に挨拶に行こうと思っていて」
「え、花菜バイト始めるの!?」
「そうなんです。夏休み前から少しずつ。青城の近くのカフェだから、徹先輩たちも知ってる場所かも」
サッとスマホを操作して花菜はバイト先のカフェを提示した。
家から近くて希望が通りやすい場所を探した結果、ここのカフェに行き着いたのだった。
「ほんとだ。青城のすぐ近くじゃんか」
「若い子も多くて高校生でも働きやすいみたいなんです」
少し考えたあと、及川は思い付いたように立ち上がった。
「それじゃ、これからバイトがある日は帰りにちゃんと俺に連絡すること!」
「え?」
「夜道を女の子ひとりで帰らせるわけにはいかないしね。うちからも近いし俺が迎えにいくよ」
「そんな、悪いですよ。それに徹先輩は受験生じゃないですか!ただでさえ忙しい時期なのに」
余計な迷惑をかけるわけにはいかない。
渋る花菜の荷物をひょい、と取り上げると、及川は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「細かいことは気にしな~い。それに俺がいてくれた方がおじさんも安心するでしょ?」
「そ…それはたしかに」
花菜の父親は及川のことを随分と気に入っており、かなりの信頼を置いている。
そして彼らははどうも馬があうようで、花菜の知らないところで勝手に「うちの娘を頼む」などと謎の協定を結んでいるほどだ。