第3章 公式なんていらねぇ!
ワクワクと心を踊らせながらペンを握る花菜の笑顔はまさに、楽しみで仕方ないといった感じだ。
「東京ね…」
頬杖をつきながら及川は指先でクルクルとペンを回す。カタンとペンが机に落ちると同時に、及川は小さく息をついた。
「ねぇ、花菜」
「なんですか?」
「もし、東京であの男の子と再会したら… 花菜はどうする?」
「え…?」
驚いて横を見ると、こちらを見つめる及川の目がばっちりと花菜の瞳を捉えていた。思いがけない彼の言葉に、花菜は少し戸惑ってしまう。
あの男の子とはつまり、京治くんのこと。
花菜が病気で母を亡くし、父とふたり暮らしをしていることは、烏野メンバーたちも含め花菜と関わりのある者たちの多くが知っている。
しかし、花菜と京治のことを知っている者は、そう多くない。影山だって知らない。
故に及川は 花菜に京治という幼馴染がいることを知る、数少ない者のひとりなのだ。
もしも彼と再会したら、私はどうするのだろう。本当に最近はやたらと京治くんの話題ばかりだ。
「そりゃあ嬉しいです。でも、そんな確率そうそうないですよ」
そう言って花菜は困ったように微笑んだ。
東京といっても広い。ましてやどこで何をしているかも分からない彼と、偶然出会うなんて。
花菜と及川がこうして図書館で居合わせるのとはわけが違うのだ。
「でも…」
「?」
「もし本当に、そんな偶然があったとしたら… それはもう運命だ!って感動しちゃうかもしれません」
「っ、…」
満面の笑顔を咲かせながら花菜は明るい声でそう言った。
不意打ちの笑顔ほど破壊力のあるものはない。及川はつい、声を詰まらせてしまう。
ただでさえ静かな図書館が一瞬だけ本物の静寂に包まれた。