第3章 公式なんていらねぇ!
赤点の心配はまずないだろうが、苦手な数学だけはどうにかしなければならない。進学コースにいる以上、勉強もおろそかにするわけにはいかない。
「よしっ」
まずはテスト。そして、東京だ。
小さな声で気合いを入れて、花菜はついさっき持ってきたばかりの本に目を落とした。
「随分気合い入ってるねー」
「…っ、徹先輩!?」
声の主に花菜は慌てて顔をあげた。
よいしょ、と花菜の隣の席に腰を下ろした及川は、花菜の読んでいた本を興味深そうに見つめていた。
「偶然だね。花菜も勉強しに来たの?」
「は、はい。ということは徹先輩も?」
「まぁね。もうすぐ期末テストも近いし、家じゃ集中できないから図書館に来たってわけなんだけど─」
まさか花菜に会えるなんて思わなかった、と及川は楽しげに笑った。
─ これはもしかしたらチャンスかもしれない。
青城は県内でも常に成績上位にランクインしている名門校である。及川だって、こんななりをしているが実は結構優秀なのだ。
「あの…徹先輩 もし良かったら、ちょっとだけ数学教えてもらえませんか!?」
「俺でよければいくらでも教えるよ」
「いいんですか?」
ほぼダメ元で切り出したのだが、意外にもあっさり引き受けてくれた及川に花菜は目を丸くした。
面倒だ、と断られると思っていたが、一安心だ。これで苦手な数学もなんとか切り抜けられそうだ。
嬉しそうな笑顔を浮かべる花菜の横顔を及川はじっと見つめていた。
「珍しいね?花菜から俺に頼みごとするなんてさ。次のテストになんか思い入れでもあるの?」
「実は、来月に東京遠征が決まったんです。それでなんとなく気持ちが高ぶってるのかも」
「東京遠征?それってどこと?」
「音駒高校を含めた東京の強豪が集まるみたいで、烏野も特別に参加させてもらえることになったんです」