第10章 幼馴染の肩書き
完全にわざとだな、なんて思いながら京治は心の中で深いため息を吐いた。
彼女のことを諦めたわけではない。驚きや焦り─ それらを丸めて自分自身を落ち着かせるためのため息である。
彼氏はいない、と花菜は前にも言っていた。けれどそんな彼女にもやはり想い人はいたのだ。
「お?なぁ、あれって例のセッターくんじゃね? なんかこっち来るぞ」
「ホントだ。花菜ちゃんのお迎えかね」
木兎と黒尾に続いて体育館の外に目を向けると、そこにはついさっき話に出たばかりの影山がいた。
黒尾の読み通り影山は花菜を探してここまでやってきたのだと言う。
「ちょっと早いすけど、花菜さんは先に上がってください。部屋まで送ります」
「そんな、皆が終わるまで私も残って─」
「ダメです。花菜さん病み上がりじゃないすか」
病み上がりという聞き捨てならぬワードにまず最初に反応したのは京治だった。
「花菜、風邪ひいてたのか?」
「えっと…、うん。でももうすっかり治ったから大丈夫だよ」
全く気づいてやれなかった自分を京治は恨めしく思う。
今日一日花菜は至って元気だった。完全に回復したというのは本当なのだろう。
それでも、自分は花菜のことを何一つ知らないのだと思うとなんだか悔しかった。
「遠慮とか良いですから。無理させるなって… 及川さんにも言われてるんで」
及川という名に京治は覚えがあった。
何故だろうと記憶を辿ってみる。そうだ、確か花菜と再会した日に彼女の手に書かれていた名前も及川だった。