第9章 親友よ
「名前は……」
…聞いているのだろうか。私の名前か?
「霧雨、です」
答えると、先輩は少し黙った。
「……悲鳴嶼行冥だ。宇随が取りに来ると聞いていたので私は筆の場所を知らない。」
「そ、そうなんですか…」
「筆の貸し借りでこのクラスの教師ともめ事を起こしたらしいからな。筆は貸さないと。」
なぜそんな愚行をしたんだろうか。
「筆は学校からもらった大切な部費で買ったものだから貸し借りはしていないと。」
わぁ、すごくまともな理由。
でも返してもらうのは忘れてたんだ。もめたことで頭がいっぱいだったのかなぁ。
『筆はお前が取りに来い、宇随!』
『はぁ!?てめぇが返しにきやがれ!!』
『てめぇとはなんだ!!』
……って感じかなぁ、あはは…。
「すまない、探すから待っていてくれるか。」
悲鳴嶼先輩はやっと水槽から離れた。
教室の後ろにある棚に移動し、中をあさる。その手付きと先程の目の違和感で気づく。
先輩は目が見えないんだ。
「あの、差し支えなければ手伝います。」
「……すまない」
私は分担した方がいいと思い隣の棚を探した。
「……本当に忘れたんだな」
「?すみません、何か言いましたか?」
「何でもない」
何やらボソボソ聞こえたが、気のせい?なようだ。
「…これは違うか?」
先輩は棚から手を出した。
それは絵の具の筆ではなく、書道の筆だった。
先輩が探していた棚をのぞくと、お菓子の空き箱があった。その中に筆がたくさんあった。
「それは違います…でも、多分その筆があったあたりにありそうです。筆全部出しちゃいますね。」
私は箱をとりだし学習机の上に置いた。
「ありました、美術部の筆です。」
「…一本でいいのか?」
「いえ、五本です。」
悲鳴嶼先輩が手探りで探す。が、どうもわからないようだ。