第7章 自覚
「良い天気ですね。」
私の継子が私の屋敷に、やってきた日に二人で散歩をした。
屋敷の近所の川辺を二人で歩いた。
相変わらず全てに霞がかっていて何もはっきりしない。
「……すみません、少し…ゆっくり」
呼び止められた。継子は怪我の反動でまだ上手く歩けていなかった。
「私と一緒に行きますか?」
手を差し出した。継子が握り返す。
暖かい。生を感じた。
「どこに行くんですか」
「目的なんてありません。ただ歩くだけです。さぁ行きましょう。」
ゆっくり、ゆっくり穏やかに流れる川に沿って歩いた。もう秋です。
「師範、あれ」
「銀杏です」
私は少し手を伸ばして木から舞い落ちた葉を手に取った
「どうぞ」
「…銀杏……」
継子はまじまじと見ていた。
継子は私の手を離そうとしなかった。銀杏の葉もずっと持っていた。
「師範」
継子がぎゅっと手を握りしめる。
「綺麗…あぁ、綺麗ですね。」
銀杏が舞う。
私はもっと銀杏の下を歩きたかった。
「師範、だめです。」
継子が立ち止まる。
「どうしました?」
「だめです。」
彼はまたさらにぎゅっと手を握った。
「もう、僕を置いていかないで」
その声だけ、霞が晴れたようにはっきりと聞こえた。
ひんやりとした空気を感じて私は目を開けた。
何だ?
私はなぜか寝転んでいた。あの男の子もそう。ただ、痛いくらい力いっぱい私の手を握っていた。
アスファルトに不自然に寝転んでいた。
男の子は眠っているようだ。
起き上がりあたりを見渡す。
空が真っ暗なのは変わっていない。
場所が変わっていた。なぜかあのトンネルの中にいた。
目の前にはあの椅子と机のバリケード。ぐらり、と動いたのを見て慌てて男の子を抱き上げてトンネルを一目散に走った。
騒音がトンネルをこだまする。私が石で崩したやつ以外の全てのバリケードがいきなり崩れ落ちた。
あと少し遅ければ下敷きだっただろう…。
『あと少しだったのに』
そんな声が聞こえた。
私はゾッとしてしばらく唖然としていた。