第59章 消失ー最終章ー
「行くぞ」
実弥が言うので、ついていく。教室を自習室として解放してくれているので、自分のクラスの教室に向かった。
「誰もいないね。ま、こんなギリギリまで宿題ためるバカそんなにいないか。」
「殺すぞ」
「やってみなよ、“八重霞”なら絶対負けないし。」
「……。」
都合が悪くなり、実弥は黙りこんだ。
隣に座って、英語がわからないと言うので教えた。宿題のプリントの束は、見事に真っ白だった。
「…わからないというか、やってないだけじゃない?」
「わからねえんだよ。教えろ。」
「……何で上から目線…」
私は根気強く一から教えることにした。
私と…不死川くんが、隣の席に座って、こうして勉強をしているだなんて誰が想像できたんだろう?
でも、今隣にいる彼と不死川くんは違う。彼はもういない。遠くへ行ってしまった。
「……おい、黙るなよ。お前がお手上げなら俺もお手上げなんだ。」
「え、あ、はいはい。」
頭を抱える実弥に向き直る。
「……ふはッ、何だかこの絵面最高にウケるんだけど。」
「ああ?」
「実弥の隣の席で勉強教えてるとか、何か、あり得なさすぎて笑えてくる。」
私はお腹を抱えて笑った。
ああ、過去の私、見ていますか。あなたのいる場所から私は見えていますか。
あなたの欲しがったものは、ここにあります。
「……ハッ、アホか。」
「アホだよ。でも、宿題をやってない君はスーパーデラックスなアホだよ。」
「うるせえ、あり得ねえ話じゃねえだろっていってんだ。」
実弥がぎゅっと机の上の私の手を握った。
「だね。」
私はその手を握り返した。
ああ、暖かい。ずっと変わらない傷だらけのこの手は、暖かい。
「あ、間違ってるよ。」
「ゲ。」
どうってことのない1日も。鬼を狩る1日も。全ては等しく流れる。
私は等しく流れる時間の中で、風と巡り会った。
巡り会った風は、案外、素敵な風。
「実弥、その問題できたらチューしてあげようか?」
「はあッ!?」
「あ、不正解、残念。」
………あと、すぐ真っ赤になる、案外照れ屋な風。