第52章 言葉なんていらない
あ、やばい。
そう思ったときに何とかできたらいいけど、あいにく私は予知能力なんてないし、何ならそれがわかるだけ褒められたい。
対処できないときだってあるんだ。私は視線を母さんから外すことしかできなかった。
「何で連れてきたのッ!!!」
近所迷惑になりそうな大声でそう言うので参ってしまった。
「会わせないって言ったでしょう!!コイツは私にとっては何でもないんだから!!!」
母さんがキャンキャンと叫んだ。
コイツとは私だろう。それはわかる。
「まぁ、何てことを言うの!!!」
「いい加減にしないか!!」
玄関前で怒鳴りあいが始まってしまった。言葉に詰まったら母さんは、狂ったみたいに叫び声をあげる。
そうなったら、迷惑だろうな。
ここはマンションだし。トラブルとかになりそう。
「ねぇ」
私は声を出した。
自分でも驚くくらい冷たい声だった。
「私もあなた達のことは何とも思ってないから。」
そう言うと、三人ともぴたりと黙った。
「でも、お世話にはなったから、お別れ言いに来たの。もう会いに来ない。顔も見せない。だから、許してほしいの。」
私はすうっと息を吸い込んだ。
「ありがとうございました」
そう言って頭を下げた瞬間、また不思議な感覚に陥った。
前世に戻ったかのような…。そんな感覚。
「………もう帰ってよ」
母がため息まじりに言った。
私は黙っておじいちゃんとおばあちゃんの手を引っ張った。
二人とも、凄く切ない気配がした。
「…」
「……」
背を向けたとき、名前を呼ばれた。
振り返った時にまたあの感覚になった。
「あんた、大きくなったわ。」
「…」
「いつだったかしら。小学校六年生の夏くらいから、ずいぶんと…そうね、遠くに行ってしまったみたいに感じた。寂しくなったわ。」
私は驚いた。
……ちょうど、前世の記憶を取り戻した時期だ。
「………遠くに行ってしまったのは、どちらでしょうね。」
風が吹いた。
今、私は完全に前世の私だ。
母は父親を殺し、犯された私を置いてどこか遠くへ行ってしまった。何も残さずに。
私は、最初の数日は寂しかったけれど、すぐ感情が消えた。
それこそが私の人生から母親が消えてしまった瞬間であった。