第40章 泥舟
「俺はコイツが嫌いでした。何言われてもニコニコして、どんな相手にも丁寧に接して、石投げられようが嫌がらせを受けようがお構いなしだ。」
さっき私が勢いに任せて重ねた手を、実弥はぎゅっと握った。……テーブルの下なので氷雨くんには見えていないだろうけど、これは普通に恥ずかしい。
ていうか何で手を重ねたんだ私、やっぱり、バカなんだ。つっ走って、後先考えてなくて。うぅ、でも落ち着かせるためには人の体温が一番じゃない!?私の手は冷えきってたけど!!
「仲間が死んでも笑ってやがるし、お館様に遠慮なく物を言いやがるし、そのくせ逆らえないくらいに強かった。」
嫌いと言われて心が抉られた。
……わかりきったことなのに、前世では我慢できたのに、今は辛い。
「俺は…そんなコイツの最後を看取りました」
実弥の表情が見れなかった。すっかり覚めた紅茶をただ見つめた。
「最後の最後で泣きやがった。」
「泣いた…?」
氷雨くんが驚きの声を上げた。
「足もねえ、片腕もねえ。耳も聞こえてねえし目も見えてねえ。そんな状況でもまだ動いてやがった。最後に一言残して息絶えた。倒れもしねえで、座ったまんま。血だらけの顔に朝日が当たって、何だか綺麗に見えた。
また動き出す気がした。そうしてしばらくはそのままでいたよ。血が固まって、涙も乾いて、そうしているうちに段々死んだことが実感できてきた。死体が回収されるところに立ちあって、そこで死んだってはっきり理解したよ。」
絶対しないと、約束した私の死後の話。
言葉の一つ一つが重く感じた。実弥は独り言のように過去を振り返っていた。
「すぐに柱合会議があった。そこで、死体も遺品もあらかた盗まれたことを聞いた。それらが次の日にはまるっきり消えちまったんです。」
「…!!」
そこでやっと私は顔をあげた。
氷雨くんと目が合った。実弥にバレないように頷くと、彼は黙り込んだ。
「……このことについて何か知っていたんじゃないですか。」
「さ、実弥…!いきなり何言ってるの!?盗まれたとか、そんなの…!!」
わざとらしく動揺して見せたが。
知っている。盗んだのが誰かも。それを願ったのは私なのだから。