第31章 怪奇現象
本日最後の移動教室の授業前。私は教科書を忘れて教室に戻った。
そこに木谷優鈴がいた。教科書とノートを持ってぼおっとたっている。私に見向きもせず、教室のすみを見つめていた。
移動する教室がわからないのだろうか。転校したばかりなのだ、当然だろう。
私は教科書をとってから彼に声をかけた。
「ねぇ、木谷くん…。」
そこで気がついた。
彼が見つめていた教室のすみは、あの…例の、よくないものを感じる場所だった。
彼はそこでやっと私を振り返った。
「あ、ぇっと、き、き、霧雨、さん」
たどたどしく目を泳がされた。…なんだ、やっぱり覚えてないんじゃないか。カナエの早とちりだ。
「転校したばかりで教室わかんないよね。良かったら私と一緒に行こ?」
「う、うん」
彼はぎこちなく微笑む。
……あれ?ちょっと待てよ。
「私、自己紹介したっけ」
「えっ」
「名前…なんでわかったの?」
すると木谷くんは顔を真っ赤にして、そのままうつむいた。
私はまさか、と冷や汗を流す。
「私を覚えているの…優鈴」
そう口にすると、彼はハッとして顔をあげた。
「…僕がわかるの、……」
あぁ、何ということだ。まさかこんなことになるなんて。
「……わかる、よ。わからないわけないでしょ…!!」
私は学校にいるにも関わらず、泣きそうになった。しかし残る理性でそれを耐えた。優鈴も必死に耐えているみたいだった。
「私たち、たった一人の、同期じゃない」
「…うん。…そうだね。」
優鈴はふにゃっとした笑顔を浮かべた。その声は震えていたけれど、私たちは決して泣くことはしなかった。
「教室、連れていってくれる?」
「いいよ。」
そして中学生らしく無邪気に笑って教室を移動した。