第19章 別れ
高等部の卒業式には、中等部生は参加できない。
私の所属する部活では、特に先輩を見送ろうなんてことはしないので…。
卒業式当日であるこの日は登校しなくてよかったのだが。
私は将棋部の部室にいた。
「……どうして」
何で会えないんだろう。出てきてくれない。こんなにも会いたいのに。
ねぇ、これでいいの?
このままでいいの?
馬鹿にしないで。私はあなた。あなたは私。
あなたのことは誰よりもわかってる。
「……」
私は将棋の駒を手ですくってパラパラと盤上に落とした。
………。
『いけません』
あれ、何だか、声が……。
『駒で遊んじゃ、いけません』
……私…?
私の声だ。でも、私に言ってるんじゃない。…私…前世で……誰かに言ったんだわ…。
『師範』
ぽかぽかとした日溜まりの中、私は継子と手を繋いで歩いていた。
こうして散歩するのは、初めて会った時以来です。
相変わらず…彼のことは霞がかって何も思い出せないけれど。
『さっきはすみませんでした』
『いいんですよ。でも、駒は一つでも欠けるともう将棋ができなくなってしまいますから、扱いには気を付けてくださいね。』
『はい、師範』
そっか。さっきの言葉、この子に言ったんだ。
『明日で君が私のもとに来てから二ヶ月になりますね。』
『…二ヶ月……』
『どうでしたか』
聞くと彼はぎゅっと手に力を込めた。
『…まだわかりません』
『そうですか』
そうだ。この子には記憶がなかった。記憶をなくしていたんだ。記憶のない不安が…今になって、痛いほど理解できる。
『明日はご飯を豪華にしましょうか。食べたいものはありますか?』
『……ふろふき大根』
『またですか?好きですね……。それにしても、君…声低くなりました?』
彼は私と繋いでいない方の手で喉をおさえた。
『声変わりですかね。』
『…かもしれません。』
『じゃあ、明日はそのお祝いもしましょうか。』
でも。そんなことをした記憶はない。
そうだ。私は死んだのです。その日の夜に。
『師範』
私は…。
『出てきてください、師範』