第15章 kiss for all the world
目覚めるとあの寝室で窓の外はすっかり暗くなってしまっている。
頭が痛いのは感じなかった。
昨日から今日午前中までの記憶はないが、昼食後、三日月の部屋で話したことや、鶴丸と畑に行ったこと、鶴丸が怖かったことは覚えていた。
「何で怖いんだろう。あんなに優しそうなひとなのに…」
思い当たることがなくて悩んでしまう。
「鶴さんって呼んでたって…」
その呼び方をひとり音にすると、なんだか胸の奥が熱くなる感覚。
「鶴さん。鶴さん」
何度か音にしてみたが、それは変わらなかった。
ベッドに身体を起こしてそんなことを繰り返していると、ドアがノックされて開く。
姿を見せたのは、
「大般若、さん?」
銀髪の美しい紳士が部屋に入ってきた。
「どうだ?大丈夫か?」
私の隣に座り、そっと頭を撫でてくれる。
「はい」
「すまないな。俺たちがしたことで慧にこんなに苦痛を強いるなんて思ってもみなかった」
「…私は大般若さんと?」
ここに入れるということはそうなんだろうけど思い出せなくて聞いた私に、
「そうだ。俺はあんたを抱いたことがある」
覚えてないか?と目を見つめられたが、やはり思い出せない。
「ごめんなさい」
苦しくて俯くと、
「いいさ。また新たに作ればいい」
私の頭を胸に押し付けてとんとんと背中を優しく叩いてくれた。
「腹は減ってないか?」
「…空いてます」
「あっちに行くか?持ってこようか?」
選択肢をくれたので、
「ここがいいです」
鶴丸に合わせる顔がない。ここを出てしまえば逢うかもしれない。
「わかった。ちょっと取ってくるから待ってな」
そう言って私から離れ、部屋から出ていった。
大般若の距離感が私の思っているものと違った。
向こうは私のことをよく知っている感じで。
だけど私には大般若とまともに話した記憶すらないのだ。
うちの本丸にいてくれてる刀剣男士。そんな認識だったはずなんだけど…。
しばらくして食事を持ってきてくれた大般若は、私を小さなテーブルの方に呼び正面に座り、自分は酒を呑み始めた。
静かに食事を摂る私に、
「慧も呑むか?」
酒の入った盃を突きだしてきた。
「ありがとございます…」
素直に受け取って口をつけた。
よく冷えてたそれが喉を通過し、肌が熱くなる感じがした。