第8章 矛盾という名の蕾
鶴丸の着物にしがみついたまましばらく静かに涙を流していると、鶴丸の掌が私の頬に触れた。
「…?」
「俺じゃダメか?」
「へ?」
急な問いに涙が引っ込んだ。
え?なに?略奪愛なの?
「俺には三日月みたいな力はないだろうか?試してみてもいいか?」
状況が掴みきれず目が点になってしまっている私の唇を優しく塞ぐ。
そして、熱い舌が私の口内を荒らした。
「んっっ…は、ぁ」
くちゅんと音を立てて唇を離し、心配そうに私を見つめてきた。
「やっぱ、ダメ、か?」
「…ううん、割と…」
頭痛が軽くなった気がする。
全部って訳じゃないけど、動けそうなくらいには。
「本当か?」
鶴丸は目を輝かせている。
「ちょっと楽になった。このくらいなら耐えられる。ありがと」
「…耐えられる、くらいか」
私の言葉に少し残念そうな顔をした。
「だけど仕事に戻れるから。さすが五条だね。…ねぇ、次もし頭痛くなったら頼ってもいい?」
三日月に頼むよりはずっといい。というかむしろ鶴丸がいい。
「当たり前だ。いくらでも頼ってくれ」
「ありがと。…ねぇ、もっかいして?」
「は?もっかい抱けって?」
「ちがう」
わざとらしく間違えた鶴丸に不貞腐れて返すと、
「怒るなって」
言いながらキスをしてくれた。
「…もう仕事しないでここにいよっかな」
「無理だろ。だってほら」
鶴丸が外の気配に気づいて私に促した。
耳を澄ますと、私を呼び探し回る長谷部の声が聞こえた。
「あー、ほんとだ。てか鶴さん、ご飯食べ損ねたね」
ごめん、と謝ると、
「大丈夫だ。厨担当にも秘密を知る仲間がいるだろう?ちゃんと俺たちの分は残してくれてるよ」
それって光忠のことだよね。
頷いて鶴丸の腕から抜け出した。
「大丈夫か?」
「ん。平気」
ほんとは立った瞬間ズキンと頭が痛んだが、これ以上心配をかけたくなくて強がった。
「先に出ろ。一緒に出ると怪しまれるから」
鶴丸に言われ、ひとり離れから出るとすぐに長谷部に見つかってしまった。
「主!!どうしてこんなところにいたのですか?昼寝ですか?まったく、探しましたよ。さぁ早く仕事に戻りましょう」
私に言い訳する間すら与えずに屋敷に向かって歩き出す。
小さくため息をつきながら頭の痛みに堪え、その背中を追った。