第1章 プロローグ
目を閉じた私に気づいたのかは知らないが、光忠はより深く口づけてきた。
「っん…」
光忠の胸に当てていた手に力を込めて終了を促したのだが、そのまま壁に押さえつけられ、更に深い口づけへと変わる。
「っっ、み、つた…」
それでも必死に抵抗すると、漸く唇を離してくれた。
「…私、畑に行かなきゃ」
「そうだね。僕も手伝うよ」
光忠の親指が私の唇の端を拭い、もう一度ぎゅっと抱き締める。そして、
「主とキスしてこんなに幸せだなんて、僕は知らなかったよ」
そう言って離してくれた。
畑に着くと、内番着ごと泥だらけの清光が、ぐずぐずと鼻を赤くしてしゃがみこみ小さめのスコップで土を掘っている。
「清光ごめん、遅くなった」
駆け寄ると、
「主…見てよ爪も服もドロドロ」
指先まで泥にまみれてる。
「小狐丸と喧嘩したの?」
「…一方的に投げられた」
そしてまたすんっと鼻を啜る。
小狐丸の方は、少し離れたところで鍬を振るっていた。
男の子ばかりの本丸は、私の経験したことのない、想像もつかない事柄がよく起こる。
理由のひとつがうちには女の子しかいないこともあるけど。
そしてたまにこうして衝突がおき、喧嘩をして、清光なんかは子供のように泣いたりするのだ。
感情のコントロールがまだ幼いのかもしれない。
「ぬしさま、私はじじぃ、なのですか?」
よしよしと清光を宥めていると、小狐丸が近づいてきて問うた。
「じじぃではないと思うよ?私はババアだけどね」
自虐的に言うと、小狐丸の目がしゅんと垂れた。
「そんなっ…ぬしさまはまだお若い」
「ねぇ、清光投げたの?」
「…はい。申し訳ありません。こちらへつくまでに鶴丸殿と同じ行為を自分も先ほどしたと言うので止められませんでした」
なぁんで清光も言っちゃうかなぁ、なんて困惑していると、
「僕も加州くんの言いふらしたくなる気持ちは判るよ」
光忠が言った。
「…小狐丸じじぃのくせにキス知ってんだよ」
またしてもじじぃ発言をした清光に、
「知っていますよ、キスくらいは」
呆れたように鍬に体重をかけ見下ろしてくる小狐丸の表情は少しひきつっている。
「もーそんなキスキス言わないでよ」
なんだか恥ずかしくなってきたのは私の方で、ただ雑草を引っこ抜いて山にしていくことしか出来なかった。