第72章 mew
部屋の中はとても暗く、その暗さを分かりやすく例えるならば電気の付いていないカーテンの閉め切られた体育館倉庫のよう。
そこにほんの僅かな灯りとしてロウソクが静かに灯されていた。
「お前に久しぶりの来客だ。こっちに来るニャ。」
「……ワシは人に会う気はないと言うたはず。こんな所まで人間が入り込んでくるなんて…城の警備が甘いようじゃの兄上?」
「そう言うニャ。まあ、一度顔を見て話そう」
話を聞くに、謎の声の主は猫又の妹なのだろう。
いったいどんな猫なのだろう…と、少し楽しみなさきの前に、キラリと怪しく輝く二つの翡翠色の瞳が現れた。
一歩・二歩と二つの瞳がこちらに近付く度、ぼんやりとしていたその陰がハッキリと色を付け始めた。
暗い部屋に溶けてしまいそうなほど真っ黒で、しかしロウソクの光をキラキラと反射させる柔らかくしなやかな髪。
肌は美しい褐色。
その肌によく映える白の着物は大変上品で、伊達襟の紫や帯の金糸がその着物とよく合い、それを着こなす彼女の美しさを際立てている。
さきの目に映るのは、いかにも育ちの良い高貴な家柄の佇まいをした”女性の人間”だ。
翡翠色の瞳は、さきの体を足先から順に舐め上げるように下から上へゆっくりと動き、その後深紅の紅がさされた薄い唇がぽつりと一言だけ零した。
「…そち、名は?」
さきはそれが自分に向けられた質問だということに気づくまでほんの少しではあったが時間がかかった。
それほどまでに美しい彼女の美貌に魅せられていたのだ。
『あっ…!は、初めまして、夜野さきと申します。突然すみま…』
「なんの用じゃ」
女はさきの名だけを聞くと、それ以外は受け付けないと言わんばかりにさきの言葉を遮りながら次の質問を投げかけた。