第1章 真夏の旅人
__________ 夕刻。
「『ありがとうございましたー!』」
二人で、本日最後のお客様を玄関先で見送る。
ネイルだけかと思っていたのに、部屋に並べられたハンドメイド作品を5点も買っていただけたのだ。
私たちはお客様の背中が見えなくなったところで、高らかと鳴るハイタッチを交わして喜んだ。
『さ、あやかちゃん、今日もお疲れ!駅まで送るよ!』
「ありがとう~!毎日悪いね!」
『なんでよ、全然!散歩散歩~!』
いつも通り、最寄り駅まで歩いてあやかちゃんを送る。
「なぁ、さきちゃん?」
『ん?』
「うちな、今の彼氏と同棲始めるねん」
『え?!マジで?!いつから?!』
「うん、来週あたりから…」
照れくさそうに、笑顔での嬉しい報告。
あぁ、よかった。あやかちゃんには幸せになって欲しいもの。
さきは心から喜んだ。
『ほんまによかったね! じゃぁ、これからは私じゃなくて、彼氏にうちに迎えに来てもらう?』
ニヤッと口角をあげて揶揄う。
「もー!やめてよー!でも、マジでそうなってまうかもっ」
うーん…それはそれで寂しい。 あやかちゃんを駅まで送るのは私の役目なのに。
自分で言っておきながらなんとも複雑な気持ちになりながらも、笑顔で返す。
恋愛話に花を咲かせながら歩みを進めること数十分。 ようやく最寄り駅に到着した。
『じゃ、来週もよろしく!』
「はいはーい!月曜日、いつも通りね!」
『うんっ!ばいばいっ』
あやかちゃんの姿が見えなくなるまで手を振り見送った。
ポツン と、一人。 駅の前で佇む。
『……さ、か~えろ』
帰宅の途へと足を進め始め、駅に来た時よりもスムーズに家の近くへ辿り着いた。
…ふと、ある1本の木が気になった。
『あれ?御神木…なんかいつもと違うような…』
さきのアパートの隣には、駐車場をはさんで、大きなお寺への入口へと繋がる階段がある。
さきの部屋は5階なので、上から見た時には気づかなかったのだが、その階段から見え隠れする大樹の太い枝の様子が、今、何故か妙に気になった。