第53章 月下美人 *
『ふ…ふふっ…カカシ、どんなやらしいこと考えてるわけ?』
突然の笑い声に、ハッと現実に引き戻されたカカシは目をパチクリとさせた。
「…は?」
『何でそこで黙り込むのよ~』
薄紅色に染まった、意地悪そうな顔。
さきはキュっと口角を上げてクスクスと笑った。
―――――― ああ、
酒と、月と、甘美な香りはこんなにも彼女の姿を…見え方を、変えてしまうのか。
カカシは、ハァ…と大きなため息をひとつ吐いた。
そして、あくまで落ち着き払った様子で言った。
「あのねぇ…考えてないよ。 さき、飲んでるからってそういうこと男に頼んじゃダメでしょ。」
『男って……カカシに言ったのに?なら、どういうことならいいの?』
「俺も男でしょ。どういうことって、それは…」
『…… 私ね、“知りたいこと”があるの』
服を摘んでいたさきの手が離れ、カカシの首の後ろへと伸びた。
―――――― ちょっと待て。
「…コラ」
さきはそこへ引き寄せられるように近づいて、体をぴったりと寄せた。
グラスを持っていないカカシの手は、それを制する言葉とは反して、さきの細い髪の中へと伸びる。
「さき」
――――――待て。
カカシを見上げるその顔は、先程よりもずっと近い。
「待てって言ってんでしょ」
『…そんなこと、一度も言ってないよ』
「……そうだっけ」
『……この手なに?』
目にかかる銀髪が、揺れる。
カカシは両目を開いて、さきの顔へ近付いた。
「……何だろーね」