第1章 身投げじゃなくて
「名前は知らない。このあいだ、猫を助けようとして川に落ちてた」
「落ちてないよ、転んだだけ」
「それをキャプテンが助けたんですか?」
復活したシャチまで食い気味に尋ねてくる。
ローはギブスの嵌められた右手を示した。
「助けてない。これだったからな」
「タオル貸してもらったの。会えてよかった! 探してたの」
鞄を漁ろうとして、ソフトクリームが邪魔なことに気づき、彼女は「持ってて!」と近くにいたベポに手渡した。
ベポは少女にはそれほど興味を示さず、じっとソフトクリームを見ている。
「……食うなよ」
「た、食べないよ!」
つまみ食い常習犯はローの低い声にハッとして視線をそらした。まるで依存症患者のようにだらだらと脂汗をかいている。夏並みの陽気なので、確かにソフトクリームはとても美味しそうだった。
「はい! 貸してくれてありがとう」
少女が鞄から引っ張り出したのは小さな花束だった。
公衆の面前で可愛い女の子に花束を渡されるという滅多にない事態に、道行く人間まで何事かと足を止めて注目している。
気持ちはよくわかった。男女逆ならまるでプロポーズだ。
勢いに飲まれてローは花束を受け取った。間近で見て、やっとそれが自分が貸したタオルだと気づく。
フィルムで包まれたタオルがブーケのように丸められ、その中に布製の花が飾られていたのだ。
凝った造作にローは感心した。
「すごいな、これ」
「おばあちゃんがやってくれたの。ラッピングのプロなんだよ!」
褒められて嬉しそうに少女は自慢した。ラッピングのプロが何なのかよくわからないが、とにかく可愛い。
「猫はどうなった?」
「うちにいるよ! 里親を探してるんだけど、見つからなかったらうちで飼ってもいいって! 見にくる?」
「行く行く! 猫大好きなんだ!」
食い気味にシャチが立候補した。
10年以上の付き合いだが、猫が好きなんて初めて聞いた。非常に嫌な予感がする。
「俺、シャチ。こっちはペンギンとベポ」
「よろしく」
にこやかに手を振る二人につられて、彼女も小さく手を振り返した。動作がいちいち小動物みたいで可愛い。