第3章 地獄の合コン
『この世で一番難しい作業だ。考えただけでゾクゾクする』
ニヤリと笑うローにビビは絶句した。間違いなく心から本気で言っているのが見て取れて、言葉が出てこない。
「命がかかってるのに……?」
「だからこそやりがいがあるだろ」
不思議そうに言われて、ビビはずる、と背もたれに倒れかかった。ローの言い分はあまりにもビビの常識とかけ離れていた。圧倒されて、ついていけない、理解できないと思うのに――惹きつけられて、魅せられて、目がそらせない。
(きっとこの人は……)
稀有な医者になる。難しいほど面白い、やりがいがあるなんてゾクリとするような顔で笑う人だから。それこそ世界に何人といない、特別な人になる。
(わ……)
心臓がどうしようもなく跳ねて、ビビは自分の気持ちを自覚した。
赤い顔で見つめるビビを、ローは怪訝そうに見返す。
(この人、全然自覚がないんだ……)
容姿も、頭脳も、内面も、全部神様に愛されているような完璧な人なのに。それをまったく自覚しないなんて大罪もいいところだった。
ビビは自分を卑下したことはないけれど、特別優れているとも思ったことがない。それこそまぎれもない凡人の証だったんだと、今日気づいてしまった。
(この人の特別になりたい……)
特別な人は誘蛾灯のように凡人を引きつける。羨ましくて、自分も特別になりたくて、凡人だから今まで気付かずにいた欲が、堰を切ったように溢れ出していた。
(この人が手に入るなら何でもする)
どんな手を使ってでもローが欲しい。釣り合ってるかどうかなんて考える余裕もなかった。
子供の頃、人目もはばからず地団駄を踏んだように、「欲しい」という欲に取り憑かれて他のことは何も考えられなかった。
頑張って勉強して、気の合う人を見つけて、いつか父を安心させられたらいいと思っていた。思い描いていた幸せの、なんてチープで無意味なことだろう。
「……好き」
気づけばビビの口から、その言葉はこぼれ落ちていた。
本物の「特別」の前では凡庸さなんて無価値もいいところだった。こんな人に出会ってしまったが最後、もう平凡でつまらない自分には戻りたくない。戻れない。
「あなたが好き」
言葉を重ねるほど、涙がこぼれた。それはもう告白なんてものではなく、一人の少女の全てをかけた懇願だった。