第1章 身投げじゃなくて
「どうしたんですか、その右手」
高校の卒業式ぶりに会った悪友に尋ねられたのは、骨折の診断をもらった週末のことだたった。
ファミレスの安いアイスコーヒーをすすりながら、ローは短く「別に」と答える。
「ケンカ?」
驚いた風もなく当てたのはベポだった。
「相手は誰だったんですか」
確定事項としてシャチに深掘りされ、ローは諦めて白状した。
「知らない」
「見ず知らずの相手にいきなりケンカ売られたんですか」
同情するような声。彼らはローが進んで誰彼構わずケンカを売ったりしないことを確信していた。
思い当たるフシがあるだけにローは黙秘した。この件についてはあまり話したくない。
「ひょっとして、女の人絡み?」
カルピスソーダをすするベポに無邪気に言い当てられて、ローは仏頂面になった。
「……彼氏がいるのに誘ってきたんだ。どう考えてもあっちが悪いだろ」
あーと彼らは死んだ目でそしらぬ方向を見た。
成績優秀、運動神経抜群、家は医者で見目麗しいハイスペック男子ことトラファルガー・ローは女癖が非常に悪かった。
モテるのを良いことに、ここ半年ほどは言い寄ってきた女を片っ端から平らげてポイ捨てしてきたのを悪友3人はよく見ていたので何も言う気になれない。
彼氏を名乗る男に因縁をつけられてトラブルになるのもこれが初めてではなかった。さすがに利き腕まで折ったのは初めてだが、顔面殴られて心配していたら、相手(複数)はさらに重傷ということも何度かあった。
「相手生きてる? うっかり殺してない?」
「そこまではしてない。……俺も悪かったしな」
眉根を寄せてベポの問に正直に答えたローに、ペンギンとシャチは驚いて固まった。
俺も悪かった? 「誘いに乗って何が悪い」が口癖だったあのローが?
宇宙人がローの皮を被って擬態してやしないだろうかと、二人はしげしげとローを見つめた。その視線に不機嫌になってローは「なんだよ」と低く言う。
「キャプテン、手当たり次第に女の人と寝るのやめたの?」
純粋に不思議そうなベポの質問にローも絶句した。ちなみに「キャプテン」というのは子供の頃、海賊ごっこにはまっていた名残である。
ローはいつも船長だったので、いつの間にか船長(キャプテン)呼びが定着してしまったのだ。